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家庭医の9つの原則

1.家庭医は「人」の専門家である。

2.家庭医は「病い」を文脈としてとらえる。

3.家庭医は予防と健康教育に取り組む。

4.家庭医は患者個人と住民全体との両方を診る。

5.家庭医は地域ネットワークを効果的にする。

6.家庭医はその地域の中に住む。

7.家庭医はその人の家で診察する。

8.家庭医は自分を振り返りながら診療する。

9.家庭医は世界の医療資源のバランスを考える。

1.家庭医は「人」の専門家である。

家庭医は「人」そのものを見る医者である。つまり、家庭医になるための特別な技術や特別な疾患の理解などは存在せず、その「人」から出てくる問題が家庭医にとっての専門になる。それは健康問題のタイプに限定されることはなく「ちょっとそれは専門外です」というセリフも持ち合わせていない。逆に家庭医の診る「人」はあらゆる問題を合わせ持っていると考えるほうが自然である。すなわち専門的な診断や治療はSpecialistと連携し、家庭医はその「人」自身を全体的に診ることが仕事となるのである。(疾患に対する初期評価や治療のコーディネートにも責任をもつということ。)

加えて重要なポイントは家庭医の診療にはエンドポイントがないという点である。それは疾患が慢性であるとか、治療し続けるとかいう意味ではない。多くの場合、家庭医の診療は健康な人に対しても行われるものであり、健康問題が重症化する前から始められるというのが理由である。

このように家庭医を捉えると「Family Medicine」という言葉を定義するのには「relationship」と言いかえるのが適当である。そしてそれこそが、他科との違いを明らかにしていると考えられるのである。

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2.家庭医は「病い」を文脈としてとらえる。

家庭医は、その病いを文脈(背景、コンテキスト)として理解しようとしなければならない。William Jamesはつぎのように述べている。「ものごとを正しく理解しようとすると、我々は環境の内と外との両方をみるべきであり、またそのバリエーションの範囲すべての知識を持つべきである」と。すなわち、多くの病いは、それらが個人的に、家族的に、そして社会的な文脈の中でみられないと、すべてを理解することは難しいと言い換えることができる。もしもこのことの実践を困難に思われるのであれば、それはみなさんがイメージする家庭医以外の医師像のためである。

そう考えると、患者が入院という出来事に遭遇してしまった場合、家庭医の仕事はかなり難しくなると考えられる。入院という変化により、その病いの文脈、すなわち患者が生活してきた場、環境、家族関係などの多くが不明瞭になってしまうからである。そして、その背景よりも、目に見える所に注意が注がれてしまい、結果としてその病いの限られた部分である病態生理のみをみてしまうのである。

「病い」を文脈として捉えるのは家庭医にとってやりやすいことであり、その仕事を怠ってはならないのである。

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3.家庭医は予防と健康教育に取り組む。


家庭医は、患者の疾病予防と健康教育のために、定期的に診察を行っている。というのも、家庭医は平均して年に4回は自分の患者それぞれを診察しているからである。このことは、予防医学を伝えるのに非常によい機会となっていると言える。

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4.家庭医は患者個人と住民全体との両方を診る。

家庭医は自分の診療する地域を「population at risk(リスクにさらされている住民)」と捉えている。一般に臨床医と呼ばれている医師は、住民群というよりはむしろ個別の患者を対象として考えている。しかし、家庭医は個別の患者と住民全体との両方を対象と考えるべきである。つまり、予防接種を受けていなかったり、血圧のチェックを受けていなかったりする患者に対しても、元気な赤ちゃんの健診や高血圧で通院している患者と同様に関わらなければならないのである。

総じて家庭医には、地域住民が病院・診療所を訪れるか否かに関わらず、地域の健康を維持する責任があるということである。

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5.家庭医は地域ネットワークを効果的にする。

家庭医は自分自身を、地域住民を支援・治療する地域ネットワークの一部分であると考えている。すべての地域は、公的なものとそうでないものも含めて社会的支援のネットワークが存在する。この「ネットワーク」という言葉それ自体は、あたかも調整を行う体制・システムを連想させるが、実際これだけではうまく機能しないことが多い。

ヘルスケアや社会支援のメンバー(医者、看護師、保健師、ケアマネ、ボランティアなど多岐にわたる)が、システム全体を理解することなくお互いが縄張りをもって別々に働いていることもよく見られる。

家庭医が、患者の利益にもとづき、社会資源を活用するということを行えば、ネットワークはより効果的になりうるのである。このことに関する良い例があるが、それは後述することとする。

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6.家庭医はその地域の中に住む。

家庭医は、理想的には自分の患者と同じ地域に住み、同じ習慣を共有すべきである。近年、僻地を除いては、このことがあまり普遍的ではなくなってしまった。ここオンタリオ州においてさえ、赴任地へ転居してくる医師をほとんど見かけなくなってしまった。ある地域での話であるが、大都市の中心地においては、日常に医師を見かけることがなくなったと言われている。これは、生活と仕事とを分けて考える最近のトレンドによるものと考えられる。 WendellBerryは、このことが多くの現代病をもたらす原因となっていると指摘している。彼は著作物の中で「もし我々が、我々の職場とは違う地域に暮らすのであれば、その分だけ人生と仕事を無駄にしていることになるであろう。」と述べている。

ナイアガラの滝におけるラブ運河事件をふりかえると、医者が患者のそばから離れていることで生じる不利益が明らかになるだろう。この見捨てられた運河は、毒性がある廃棄物の処理を担う地元の産業が利用してきた。運河は埋め立てられ、その数年後にはこの場所に民家が建設された。1960年代、家主は汚染された化学物質が地下や庭にしみ出てくることに気付きはじめた。草木は死に、大気は悪臭ガスによって汚染された。ほぼ同時期に、その地区の居住者は、毒性のある化学物質によって疾病におかされていた。しかしながら、公的な健康調査研究が行われたのは、地方のジャーナリストによる告発がされてからのことだった。研究結果は、疾病や流産、birth defectsの割合が、他と比較してかなり高くなっているというものだった(Brown,1979)。

明らかに汚染された環境による疾患の拡大を、すなわちこのような重大事を、地域の医者はいったいどのようにして見逃すというのだろうか‥。非常に信じがたく、心苦しいことである。もしその地域に家庭医がいさえすれば、彼らは常に地域の家々を訪問し、地域の環境に興味関心を抱き続けているため、そのような問題に気付かずにいることなどありえないのである。このことをさらに効果的にするためには、家庭医はその地域において、いつでも気軽に相談できるような存在、地域の心安い有名人となるべきなのである。

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7.家庭医はその人の家で診察する。

家庭医は患者の家に訪ねていくことが通常である。このことは古くから言われてきたことであるが、医者が患者の家を訪ねることは、今でも Family Medicineにおいて最も意味深い経験であり、価値あることである。なぜなら、人生における重大事はいつも家を舞台として巻き起こっているからである。例えば、出産、死、疾病に耐えたり、治癒したりなどの人生に関わる様々な事があげられる。(訳者注;日本の文化とは異なっていると思われます。)

担当する患者家族のこれらの重大事を理解していることは、家庭医にとっては、その患者および家族そのものをより理解することの助けになる。すなわち家庭を知れば、疾病の文脈やEcology(生態学、環境保健)がおのずと明らかになってくるからである。Ecologyという言葉は2つのギリシャ語に語源をなしている。それはoikos(家、家庭)とlogos(哲学、理性)であり、すなわちEcologyは「家庭を知ること」と言い換えることができる。

近代的な病院が立ち並ぶことにより、家庭から得られる貴重な経験の多くがどんどん失われている。一面的には確かに大病院には、高価な検査機器など技術的な有利さは多い。しかし、家庭医が家で患者を診ることの価値を考えると、その面に関しては大病院ではやりにくいことと言えるかもしれない。ところが最近では病院の役割が変化をしてきており、大病院の存在が逆に家庭医の経験や技術の一つとしての在宅医療を整備する機会となってきている。今後は家庭医と大病院との効率的な連携が望めると思われる。家庭医は、natural ecologistたるべきなのである。(第16章を参照のこと)

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8.家庭医は自分を振り返りながら診療する。

家庭医は、その診療の際には、患者の発する言葉、思いに重点をおく。20世紀において、医学は健康問題に関して非常に厳格で客観的で実証的なアプローチを行ってきた。このことは家庭医にとって常に考えねばならないことを増やしていった。すなわち、患者の感情に対して誠実に対応したり、「relationship(医師患者関係、教育者学習者の関係などあらゆる人間関係)」を深く考えたりすることなどである。「relationship」を深く考えること、洞察することは、家庭医自身の感情も含めて、人の感情、心、気持ちなどをよく知ることが必要になってくる。したがって、家庭医は自分自身をよくよく振り返りながら実践していくことが必要になるのである。(詳細は後述)

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9.家庭医は世界の医療資源のバランスを考える。

家庭医は言い換えると医療資源のマネージャーである。患者を初めて診察する際、家庭医には様々な医療資源があり、またそれを利用することが可能である。ここでいう医療資源とは、入院適応の判断や、調査研究の利用、薬の処方、専門医への紹介などであり、無尽蔵ではない一定限られた資源である。

もちろん、世界中のどこでも、医療資源というものは限られており、そして場所によっては非常に乏しい地域もあることはよく知られている。それゆえ、患者や地域全体の利益を考え、これらの医療資源をいかにマネージメントするかは、家庭医の責任なのである。ただし、個別の患者に対する興味、関心は、地域全体の興味、関心と競合するので、倫理的な問題が浮上してくるのが必定である。
《文献》
 McWhinney IR:A Textbook of Family Medicine. 2nd ed, Oxford University Press, New York, 1997.

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